第百四十六段:「関東大震災と首都直下地震」
先週の9月1日は1923年9月1日に起きた関東地震からちょうど100年目の日でした。
これを記念して、マスコミ等でも改めて関東大震災(地震の名前が「関東地震」、それに伴う震災が「関東大震災」です)が大きく取り上げられました。
そしてこれから起こる首都直下地震、南海トラフの巨大地震に対する備えなども報道されました。
この関東大震災、よく話題に出るのが、被服廠跡の大惨事で、避難してきたところに火災旋風が起こり、3万8千人の人々が亡くなったという話です。
吉村昭の「関東大震災」には同震災の惨状が様々な観点から詳しく書かれていますが、被服廠跡のことも生々しく書かれています。
私に残っている強烈なエピソードは、被服廠跡の火災旋風で、人々が次々に舞い上がり、焼けたトタン屋根の上に落ちてたちまち焼けてしまう、一緒に走って逃げていた友人の首が、飛んできた鉄板で切られて、突然無くなった、東京中が糞尿で臭かった、などなどです。
以前の理科年表はじめ地震の被害をまとめた著書によると、犠牲者は約14万人となっていました。
が、その後の詳しい研究で、ダブルカウントもあり、現在では10万5千人となっています。
直接被害額は当時の国家予算の約40%、これが後の世界恐慌にもつながったという説もあります。
関東地震69年周期説、というものがありました。
これは著名な地震研究者が関東で過去に起きた地震を統計的に整理して言われたものです。
現在は関東の地震には2種類あって、1つは関東地震のように関東の地下のプレート、具体的には北米プレートとフィリピン海プレートの境界の相模トラフで起こり、大きな津波を伴うM8クラスの地震、2つ目が関東の地下にある活断層が動いて起こるM7クラスの、いわゆる首都直下地震です。
関東地震の前のプレート境界型のM8クラスの地震は1703年の元禄関東地震です。
このM8クラスの地震は200~300年に一度発生、その間の前半が地震があまり起こらない「静穏期」、後半がM7クラスの地震が数回発生する「活動期」となります。
図はこの様子を説明したものです。
最近関東周辺でM7よりも小さい地震がよく起こっていますが、これはM7クラスの首都直下地震の起こる前触れと私は思っています。
実際、国も今後30年以内にM7クラスの首都直下地震が起こる確率は70%と公表しています。
国と、東京都から首都直下地震の被害想定も公表されていて、都の想定によると最も被害の大きい「都心南部直下地震」が冬の夕方起こった場合、震度6強以上の範囲は区部の約6割に広がり、建物被害は194,431棟、死者は6,148人と想定されています。
一の位まで数字がありますが、被害想定はそんなに精度のあるものではありません。
しかも死者が6,000人程度とは・・・???