第二百二十四段:南海トラフ巨大地震とその時代⑫安政江戸地震(2)

 安政江戸地震が、その直前に起こった安政東海地震、安政南海地震でかなり弱った徳川幕府にとどめを刺す地震だったということを前回書きました。

 

 ペリーが来て、それだけで大変なところに、地震が立て続けに起こって、江戸の人たちの心が穏やかであるはずがありません。
 不安、恐怖、苛立ち、怒り、そんな民衆のはけ口が幕府であり、ナマズでした。

 

 安政江戸地震を契機に「鯰絵(なまずえ)」が大流行しました。
 何百枚もの鯰絵が印刷され、発行(版行)されたようです。
 多くは地震を起こした大鯰を懲らしめる、と言った絵が多かったようですが。

 

第二百二十四段:南海トラフ巨大地震とその時代⑫安政江戸地震(2)

 

第二百二十四段:南海トラフ巨大地震とその時代⑫安政江戸地震(2)

 

 図-1はまさに被害に遭った人々が大鯰を懲らしめているところですが、図-2は今大河ドラマで舞台になっている吉原の、地震の火事で犠牲になった遊女や客たちがナマズを懲らしめているのですが、ナマズは多くの遊女に触られてニヤニヤ。

 

第二百二十四段:南海トラフ巨大地震とその時代⑫安政江戸地震(2)

 

 悪いナマズばかりではないようで、図-3は人助けをしているナマズたち。(図はいずれもWikipedia 鯰絵より)
 こんな絵で庶民は憂さ晴らしをしていたのでしょうね。

 

 

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